成人の急性腰痛治療ガイドライン
1994年に、米国の厚生省より 「成人の急性腰痛治療ガイドライン」が発行された。
これは
○ ほとんどの人が生涯のうちに一度は腰痛を経験し、就業年齢の人々の
調査では、50%が毎年腰部の症状を認めていて、45歳以下の人々の就業不能の最も高い理由で
ある。
○ 腰痛は医師にかかる疾患で、風邪に次いで2番目に多く、それによる
医療費が高くかかるだけではなく、そのための休業補償と就業不能時間とを合わせると医療費の3倍にものぼる。
○ それにもかかわらず、多くの腰痛患者が適切な治療を受けていない。
という現状から、医師や看護婦・カイロプラクター・脊椎研究の専門家・理学療法士・心理療法士・作業療法士と消費者の代表から招集された委員により、現在行われている腰痛治療法の有効性と安全性についての科学的調査の結果がまとめられたものである。
これについては、1995年から1996年にかけて朝日新聞に連載された
「現代養生訓(いまどきのけんこうのひけつ)」で取り上げられるなど日本でも紹介された。
その内容は次のとおりである。
症状の改善のために推奨するのは次の2つである。
☆ 売薬
(医師の処方によらない市販薬 アセトアミノフェンと、アスピリンを含む
非ステロイド系抗消炎薬(NSAID))
非麻酔系鎮痛薬アセトアミノフェンは、一般に鎮痛効果があるとされているが、
抗炎症作用はほとんど知られていない。急性腰痛での治療における使用目的は疼痛の緩和である。
NSAIDは、プロスタグランディン抑制因子であり、抗炎症作用及び鎮痛の特性を持つ。急性腰痛での治療において、NSAIDは、おそらく炎症の抑制と治癒の促進による疼痛の軽減を目的とするとされている。
アセトアミノフェンは危険性が低く、低価格である。
NSAIDには、胃腸障害などの数々の副作用の可能性がある。
☆ 脊椎マニピュレ−ション
(おもに手を用いて、患者の体
を操作することによって行われる治療法で、米国においては、カイロプラクターによって行われる
アジャストメントと呼ばれるものが代表的なものである。)
マニピュレーションは、
神経根症状(下肢の痛みやしびれ・筋力低下)のない急性腰痛患者に対して発症1か月以内に
用いられれば有効である可能性があり、それは科学的な研究により、裏づけされたものである。
神経根症がなく、症状が1か月以上持続している患者マニピュレーションを行うのは、
恐らく安全であるが、有効性は証明されていない。
もしマニピュレーションによる1か月の治療の後に、症状の改善がみられなければ、
マニピュレーションは中止し、患者は再評価されるべきである。
進行性のあるいは重大な神経学的欠損があると思われる場合、マニピュレーション療法を
始める前に、神経学的な危険性を除外するための適当な診断評価が必要とされる。
◎ 筋弛緩剤およびオピオイド鎮痛薬は、効果は認められるが、 筋弛緩剤は眠気やめまい、オピオイド鎮痛薬は 眠気やめまい・だるさ・集中力低下・視力低下・眠気・吐き気・便秘などの副作用の影響が 重大であり、アセトアミノフェンやNSAIDの様な安全な鎮痛薬以上の効果は認められない。経口ステロイドやコルヒチン・抗鬱剤は効果は認められない上、 重大な副作用の可能性があり、急性腰痛の治療には薦められない。
◎ 物理療法、すなわち冷却や温熱・マッサージ・牽引・超音波・経皮レーザー療法・経皮神経電気刺激(TENS)・バイオフィードバック法などには、明白な効果は何も確認できなかった。
一時的な症状緩和のために、患者が自分で温熱や冷却を用いるのは差し支えない。
急性腰痛の治療として、トリガーポイント・靭帯や後関節への注射・鍼療法の有効性の明白な根拠はない。
腰部コルセットとサポートベルトは、急性腰痛患者の治療に効果的であることは証明されていない。腰部コルセットは予防として使われれば、持ち上げ作業を頻繁に行う人に対しては有効である可能性がある。
◎ 急性腰痛患者は、長時間座りつづけたり、重いものを持ち上げたり、持ち上げる際に、腰を曲げたり、ねじることを一時制限するべきである。しかし、長期間安静臥床するよりも、徐々に正常な生活に戻す方が効果的である。4日以上の安静臥床は、筋力低下をまねき、急性腰痛の治療には勧められない。
腰痛患者の大半は安静臥床をする必要はない。主に脚の痛みを訴え、初期症状が重い場合には、2〜4日の安静を選択してもよい。
ストレスの低い有酸素運動は、体力低下を防ぎ、
その後の最良な状態への機能回復に有用である。腰背部の負担を最小限にとどめる、
ウォーキングや自転車・水泳は急性腰痛を患ってから、最初の2週間以内に始めてもさしつかえない。急性腰痛患者の治療において、腰背部のストレッチを支持する資料はない。
◎ 外科手術
◆ 椎間板ヘルニアの外科手術
約1か月の保存療法の後
・坐骨神経痛が重度であり、耐え難い
・坐骨神経痛の症状が持続し、改善がみられない
・神経根関与の臨床的根拠がある
場合に、臨床家と患者とで話し合うことが勧められる。
標準椎間板切除術と顕微鏡下椎間板切除術が同様の効果がみられ、椎間板ヘルニアおよび
神経根障害を伴う患者に適正である。
キモパパイン療法は、そのような患者に対し、有効であるが、標準椎間板切除術と
顕微鏡下椎間板切除術ほどの有効性はみられない。採用が検討されるときは、
患者のアレルギー反応をテストすることで、アレルギー過敏反応の発生を減少させることができる。
経皮椎間板切除術は、キモパパイン療法に比べても有効性は劣る。
この療法およびほかの新しい椎間板ヘルニア外科手術療法は、対照比較試験によって
効果が証明されるまでは推奨しない。
緊急を要する場合以外には、4〜10年の長期の
治療成果でみると、椎間板切除術と保存療法との差は余りないようである。
急性腰痛だけを伴い、神経根症状の疑いがなく、その他の危険信号もみられない患者には、
外科手術を検討する必要はない。
◆ 脊椎管狭窄症の外科手術
脊椎管狭窄症を持つ
老齢患者は、日常生活活動が適切に行える場合は、保存的療法による管理が可能である。
脊柱管狭窄症の発症後、3か月以内は外科手術を考えるべきではない。治療に関する決定は、
患者の生活様式や希望・他の医学的問題および外科手術の危険性が考慮されなければならない。
重度で長期にわたる神経性跛行の症状を持つ患者は、減圧椎弓板切除術を受けることで、
ほとんどに脚の痛みの減少と歩行能力の改善が見られる。しかしこれらの成果も時間の経過とともに失われる傾向がみられる。この療法による重篤な合併症の可能性は、他の療法に比べて確率は高いが、この療法の対象となる患者の年齢層が高いためと考えられ、容認可能な割合である。
脊柱管狭窄症の患者の外科手術は、単に画像検査の結果によるのではなく、持続的な神経性跛行症状や活動制限・認識される神経学的代償を考慮して決定するべきである。
◆ 脊椎固定術
発症後3か月以内の腰痛の治療では、骨折や脱臼または腫瘍や感染症の合併症がある場合を
除き、脊椎固定術は推奨されない。
腰椎固定術にともなう合併症は頻繁に起きるとみられる。
変形性脊椎すべり症と脊柱管狭窄症を伴い、根性の痛みがある場合と、30才以下の若い患者で、重度のすべり症と強い脚の痛みがあり、固定による症状改善の可能性がある場合に有効である可能性がある。
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